「さあ、皆の者、ペットショップへ行こう!」〜鶴屋南北辞世の句より


僕たちがネットで事前情報を集めているのと平行して、奥さんは奥さんで独自に情報を集めていた。なんと、彼女の職場の同僚に、フェレットを飼育されている方がいらっしゃったのだ。奥さんはその方にいろいろとフェレットに関する相談を持ちかけていたらしい。僕に内緒で。こっそりと。秘密裏に。なんだかそういう小さな秘密が積み重なって、やがては家庭崩壊へとつながるような気がしないでもないのだけど。とりあえず僕はその話を奥さんから聞くと同時に、即座に彼女を我が家のスーパーバイザーとして正式に就任要請することにした。役職はもちろん「なんかわからんことあったらとりあえず聞いてみるひと」である。ちなみに彼女は自分がそんな役職に就任したことをもちろん知らない。知るはずもない。
そのスーパーバイザー(以下SB。でももう出てこない)によると、「ペットのコジマ」がわりに安く揃う、とのこと。調べてみると、確かに安いようだ。でも「ちょっと高いけど最初は専門店がいいよ」との助言もあり、ペット初心者の僕たちは、今後のことを考えるとなにかあったときは専門店の方が相談しやすく、また対応もきめ細かいのではないかという結論に達した。そんなわけで今年最初の3連休の中日、晴れた日曜日の朝、僕たちはペットショップへと向かうことになった(実は前日の土曜日に行くことにしていたのだが、その日は運悪く朝から雨で行けずじまい。「雨の土曜日にフェレットを買うのと、二日酔いのままタワー・オブ・テラーに乗るのはやめた方がいい」との古来からの格言に従ったわけである。かように、僕たちは実に古風な夫婦なのだ)。
僕たちが向かったのは中野にあるフェレット専門店「フェレットワールド」。ここが我が家から最も近い専門店なので、「なにかあった時には」感に溢れる僕たちにはまさにうってつけの店だ。まずは中央線で中野駅に向かい、そのあとバスに乗って店へ。ところが店へと近づくたび、奥さんの口数が減っていく。バスに乗る頃にはすっかり黙りこくってしまい、心なしか顔も紅潮しているようだ。


「おい、どないしてん?」
「…き、緊張してんねん」


…は?普段生のイワシを頭から食いちぎるようなおまえが緊張?手榴弾ひとつでニカラグアの紛争地帯からアメリカ大使館員を救い出したおまえが緊張?屁で月旅行したおまえが緊張?
…でもなんかそんなん言われると、こっちまでどことなく緊張してきた…。
僕たちはふたりとも押し黙ったままバス停を降り、店への道を歩きだした。店へはバス停から歩いて5分くらい。しばしショーウインドウ越しに店内をうかがったあと、「不審人物」として通報される直前、僕たちは意を決して店の扉を開いた。


「(う。イタチ臭っ!)」


当たり前だが店内はイタチ臭で溢れていた。この匂い、慣れないわあ…。