やっとご対面


店内に一歩足を踏み入れるとそこら中にケージが置いてあり、中をのぞくとひとつのケージにはそれぞれ3〜5匹の仔フェレットが重なって眠っている。僕は横に立っている妻の闘気が高まってくるのを感じた。良くない兆候である。生のイワシを頭から貪り喰らうのは、だいたいこういう時なのだ。ところがケージの中の仔フェレたちを眺めているうちに僕の方もいつしかテンションがあがってしまい、「おらおら、どの仔がウチに来るんじゃ〜い!」という気持ちになってしまった。鼻息ふんがー、である。だけど、僕はそういう風をちらとも見せず、あくまで英国紳士を気取り続けた。なぜならT.P.O.を重んじる大人だからだ。
仔たちを眺めながらしばらくこそこそと密談(「どれがいい?」「あの仔かわいいなあ!」「キャバクラのマッチ?いや、それ会社のつきあいで…」など)をしたのち、僕たちはひとりの店員さん(B'z稲葉似の男前)に接触を図ることにした。
このファーストタッチでいかなる戦法を取るかが今後の運命を大きく左右するに違いない。僕はそう考え、ここはひとつ孫子の兵法に則ることにした。つまり、「胸襟を開いてあくまで服従の態度を見せ、気が緩んだ相手に生じた隙を決して逃さず一撃必殺で仕留める」方法である。あくまで「初心者」を前面に押し出し、相手が気を抜いた一瞬背後に回り、袈裟懸けに斬り捨ててやる。がるるるる。僕はそう思いながらB'z稲葉に近づいて行った。


「あのー、フェレット初めてなんですけどー」
「はい、どんな仔がよろしいですか?」


やった!ワレ奇襲ニ成功セリ!これで彼はまんまと僕の作戦にはまってしまったようだ。僕は勝利を確信し、彼に矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。曰く「共働きだけどだいじょぶですか?」。曰く「エアコンは年じゅう入れっぱなしなんですか?」。曰く「トイレの砂や餌なんかは月どれくらいかかるものなんですか?」。などなど。もちろんすべての質問の頭に「はじめてなんですけど」とつけることは忘れなかった。ところが驚いたことに、この僕の「初心者攻撃」をB'z稲葉は満面の笑顔ですべて受け止め、時には受け流し、また時には諫めるなどと、多彩な攻撃を繰り出してくるではないか。…や、やるな…!内心焦りを感じた僕は最後の手段に打って出ることにした。


「えーと、…じゃあ、飼うことにします」


よし!これでそのフェレット好きの満面の笑顔をただの商売人の腹黒く歪んだ笑顔に変えてやる!


「はい!ありがとうございます!どの仔になさいますか?」


えー?ものすごい笑顔がパワーアップしてるー!僕はその時自分がこの戦いに敗北したことを悟った。
僕たちは店員に案内されるがままケージの中を見て回った。その中でふたりの目に留まったのはセーブルの仔。計画していたときからシルバーかセーブルにしようと話してはいたのだが、実際に目にするとセーブルのタヌキっぽい風貌がなんとも愛らしい。今店にいるのはパスバレー産の生後2ヶ月の仔が2匹とのことで、その双方を抱かせてもらえることになった。手をスプレーで消毒し、フェレットを初めてこの手でこわごわと抱く。まず1匹目。小さい。ぷるぷる震えてる。「この仔はわりとおとなしい仔ですね」とB'z稲葉。続いて「この仔はやんちゃですよ」という2匹目。同じように手を消毒し、やっぱりこわごわと。


「飼え」


胸に抱いて目があった瞬間そう言われた。気がした。「目が合った。飼えって言った」と奥さんに言うと「あーはいはい」と流されたけど、僕の心の中では抱いた瞬間もうこの仔に決めていた。手の中でひとしきり暴れた挙げ句指をがしがし咬まれながら。