さあ出発だ 今 陽が昇る 希望の光両手につかみ


やっと買い物も終わり、フェレットを飼うための細々とした説明に。買い物中の商品説明も含めてB'z稲葉の説明はとても懇切丁寧で、こちらの質問にもはきはきと答えてくれる。商品ひとつ選ぶにしても、「こっちは高いですけどこの安い方でもぜんぜん問題ないですよ」などと常に客側に立ってもらっている。当初「やっぱショーバイなんだし無闇に高い方薦めてくんじゃねーの?」などと穿った見方をしていた自分を深く恥じた。
ただ、ただ、ただ説明が懇切丁寧すぎるために、その話は自然と長くなりがちである。ここで、エアコンの利いた店内でニット帽・N-3Bをがっちり着込んでいた僕の体に徐々に異変が起き始めた。


「…あ、暑い」


フェレットは暑さに弱い」とのことだが、僕もフェレットに負けず劣らず暑さには弱いのだ。爪切り・耳掃除のやり方の説明を聞く頃には、ニット帽の中は汗びっしょり髪の毛ぺったり、背中を大量の汗が伝い落ち、メガネは曇り、ついに意識は朦朧。説明を聞くのを奥さんに丸投げし、冷気を求めて店外へ避難する始末。
一服しながら外から店を眺めてみる。青空広がる3連休の中日とはいえ、店を訪れるひとがあとを絶たない。
店に戻り、ペット用の保険の説明を聞く。肝心なのは幼体の頃とのことなので、とりあえず最初の3ヶ月だけ入ってみる。3ヶ月過ぎたら継続するかどうかを含めていろいろ調べてみなくちゃ。
会計も滞りなく終わり、店を出ることに。仔フェレはちょうどケーキを持ち帰るときのような紙箱に入れられた。ケージは店の外に置いてあるらしい。ここでB'z稲葉が心配そうな顔で、


「どうやってお帰りですか?」
「(…は?)えーと、バスで中野まで行ってそっから電車です」
「だいじょうぶですか?」
「(なにゆうとんねん。こちとら日本人やっちゅうねんバスも電車も乗れるっちゅうねん。日本語しゃべれるっちゅうねん)えー、だいじょぶですよー」
「…そうですか…」


とりあえず奥さんに仔フェレのはいった箱と細々したものをもたせ、僕はエサとトイレ砂の入った袋を持った。


「(重っ!)」


振り返るとB'z稲葉がにこにこして手を振っている。いいひとだ。僕は軽くお辞儀をして、わざわざ持ち手をつけてもらったケージの箱を持ち上げた。


「(おおおおおおお重っ!)」


やばい。これははんぱない重さだ。片手にエサと砂、片手にケージ。彼が「だいじょうぶですか?」と言ったのはこのことだったのか!背筋を一筋焦りの汗が伝い落ちる。家まで僕の腕はちぎれずに保ってくれるだろうか。振り返るとB'z稲葉はまだにこにこしながら僕たちに手を振っている。「これ洒落ならん」と奥さんにはこっそり耳打ちしたものの、「だいじょぶですよー」と言ってしまった手前B'z稲葉には弱みを見せられない。僕はもう一度軽くお辞儀をし、彼が店へと戻って姿を消した瞬間タクシーを拾った。
店を出た頃はおとなしかったのだが、タクシーに乗って早稲田通りを過ぎた頃から仔フェレが箱の中で暴れ始めた。今まではケージの中でのんびり過ごしてきたため、やはり狭くて外が見えない箱の中が馴れないのだろう、きゅうきゅう啼いたり箱の壁をがりがりひっかいている。車の揺れも気になるんだろうか。僕も奥さんもどう対処すればよいかわからず、二人ともただ「ごめんね、ごめんね」と言いながら箱をなでさすり続けるばかり。
中野駅に着きJRに乗る。改札からホームに登るだけで、ケージの重さとその箱の大きさに一苦労。ホームで電車を待っている間、奥さんは仔フェレの入った箱を胸にしっかり抱いていた。
電車に乗っても仔フェレの暴れはおさまらない。奥さんを空いている席に座らせ、今度は僕が仔フェレの箱を持った。座っているより立っている方が電車の揺れが箱に伝わらないだろうと思ったからだ。休日とはいえは車内はそんなに混雑していない。でもやはり仔フェレが啼く声や箱をひっかく音は聞こえるのか、周囲のひとの目線を時折感じる。買い物中にB'z稲葉にキャリーを薦められ、それを「まだいいです」と断ったのを今さらながら後悔する。キャリーの中で暴れる動物と、ケーキ箱の中で暴れるフェレット、見た感じどちらが哀れに思われるだろう。なんだか僕たちの動物に対する愛情まで周囲に推し量られている気持ちになって、いたたまれない。仔フェレが大騒ぎする音がやけに大きく感じる。「早く駅に着いてくれ」とだけ強く念じる。
最寄り駅まで行くのは精神的・肉体的に無理と判断し、途中で下車、そこからまたタクシー。やっとのことで帰宅。