はじるす


3連休は終わった。僕たちはとても貧乏な夫婦なので、今日からは二人して働かなければならない。貧乏すぎて本来ならフェレットなんて飼ってる余裕などないのだ。いつもおなかぺこぺこである。そして二人して働くということはつまり、イタチは今日初めて部屋で独りぽっちになるということだ。それも夜まで。大変だ。そのせいで朝から僕たちは慌ただしく動き回った。いつもの朝の用意に加え、なんたって今日からはイタチの世話と心配もしなくちゃならないのだから。
たいていいつも僕の方が奥さんより早く起きるのだが、朝眼を覚ましてリビングへ行くと、暗闇の中でやっぱりイタチは起きていた。無邪気な顔をして僕の顔を見上げている。擬音で言うと「きゅろ〜ん☆」である。いや、「ぴきゅ〜ん☆」か。違うやっぱ「ぎゅぼわぁ〜んぬぐぅ☆」でひとつ。僕はイタチに「おはよう」と一声かけ、そしてケージの扉を開けてイタチを外に出した。イタチはもう躊躇することなくケージを駆け出ていく。そして僕はその隙を狙い、奥さんの目が覚めないうちにトイレの掃除をし、エサをふやかし、水を換えておいた。これは朝なにかと(主に顔面建設工事と、あとたまに新春シャンソンショーで)忙しい奥さんのために、その(主に新春シャンソンショーの)作業負担をなるべく軽くしてやろうとする僕の親切心からのことである。僕のこういう心優しい佇まいはいつかどこかから表彰されると確信している。僕が起きてから30分ほど経ち、わずかばかりの疲労感と心地よい達成感とともに一杯の日本茶を楽しんでいると、いつものように奥さんがのそのそ起きだしてきた。ところが驚いたことに、僕に朝の挨拶もせず、また作業の礼も言わず、イタチを見つけるやいなや甘い声を上げて戯れ始めたではないか!この夫を完璧に無視するそのサマに軽く殺意が芽生えるが、僕はその思いを必死に押し殺す。なぜならそれもこれもイタチがかわいいせいだ。奥さんを責めるわけにはいかない。僕はそう考え、奥歯を食いしばって耐えた。僕のこういう忍耐強い佇まいもいつかどこかから表彰されると確信している。蛇足だが、起き抜けの奥さんの顔は文字通り起き抜けのラブラドールの仔犬のそれにそっくりであり、両者が戯れる光景はまさにイタチと仔犬のじゃれ合い、いやむしろイタチvsラブラドールといった様相を呈していた。
朝の準備は滞りなく終わり、いよいよ出勤する時間が来た。イタチは朝の運動も終わったのか、ケージに戻り丸くなってうとうとしている。ここで出勤前の最後のチェック。「ごはん!」多め!「水!」たっぷり!「トイレ!」もう1回やっちゃってる!「マジで!?」うん。「片づけて!」はいっ!いきなりのやり直し。トイレをそそくさと片づけ2回目のチェック。「ごはん!」多め!「水!」たっぷり!「トイレ!」きれい!「暖房!」つけっぱ!「イタチ!」寝てる!「オゲ!」オゲ!
ここで予期せぬトラブル発生。オッケーサインを出したにもかかわらず、奥さんがケージの前にしゃがみこんだままなかなか立ち上がろうとしない。イタチの寝顔を見ながら「かわいいなあ…。仕事行きたくないなあ…」とうわごとのように繰り返し呟いている。いかん。このままでは危険だ。目が虚ろになっているではないか。僕は急いで奥さんの胸倉をつかむと頬を張った。「アホか!しゃんとせぇっ!」奥さんは4度目の往復びんた(「復」の方)でやっと自分を取り戻した。「…はっ、仕事行かな…」そして僕たちは家を出た。照英が僕たちの後ろ髪を力任せに引っ張っていた。






ちなみに乗った電車はいつもより2本遅れのものだった。