はじるす その2


イタチが心配で、仕事をほっぽらかして早々に帰宅。鍵を回す手ももどかしくドアを開け、居間に入るとイタチは寝ぼけ顔で僕をぼんやりと見つめている。てっきり寝ているかと思っていたのだが、たった今起きたばかりのようだ。ケージをのぞいてみると、エサもきれいにたいらげているようだし、トイレにしても下痢している様子はない。まずは一安心。服を着替え、手を洗って(B'z稲葉に「イタチを触る前には絶対手を洗ってくださいね☆」と言われてるので)、イタチをケージから出す。おお、今日はなんだか走り回る具合が激しいぞ。あちこちをいつも以上に掘っている。やっぱりいちんちじゅう独りでさびしかったんだろうな。僕より遅かった奥さんの帰宅後、イタチの状況をつぶさに報告。これなら共働きでも問題なく飼っていけそうだとふたりで確信した。今日一日僕にも増してイタチの心配をしていた奥さんだったけど、安心したのか出身部族に古くから伝わる「喜びの踊り」を力一杯踊っていた。「どたどたうるせえ」と思った。

イタチ包囲網

翌朝目を覚ましてリビングの扉を開けるといずこからか視線を感じた。僕はなにを隠そう(精神的)格闘家であり、(精神的)グラップラーである。常日頃からおのれの周囲を取り巻く空気を鋭敏に感じ取っている(と思い込んでいる)のだ。…間違いない、ケージだ。僕は円の形を描きながら、ケージへの間合いを徐々に詰めていった。もちろん猫足で。ケージにかけてある毛布に手が届く位置まで歩を進め、僕は一気に毛布をはぎ取った。





き、貴様か…!つか、おまえいつから起きてんの?
僕はトイレの掃除をし、エサと水を取り替えた。イタチはもうすっかりケージの中に馴れたみたいだ。しばらくおもちゃで遊び回ったあと、





また寝た。おまえなんぼほど寝るんや…?


まだ2日目なのだけど、今日は部屋の中に出してみよう。奥さんとそう話した。「せっかくだから」。いったいなにが「せっかく」なのかはよくわからない。でもまあ、せっかくだから。
「イタチを出すのはリビングだけ」とのルールを決めておき、まずは部屋に出すうえで気をつけなければならないところをチェック。

  • 部屋のドアというドアは全部閉める
    • 当たり前だ。逃げ出したら危なすぎる。
  • 潜ったらまずいところ
    • テレビ台の下:この下は面積が広いうえに、電気コードがたくさんある。「フェレットってコード囓りますか?」との問いにB'z稲葉は「その仔によりますねえ」と答えたけれど、ウチのが「その仔による」イタチだったらダメじゃん。
    • ソファーの下:別にまずいことないような気もするが、とりあえず目が届かない。
    • パソコンラックの下:コード盛りだくさんにも程がある。最強に危ない。

こんなもんか。とりあえずイタチが寝てるうちになんとか防御しとかなきゃ。…ってどうやって?柵なんて買ってないし、いったいなにで防御すりゃいいんだろ?と、思い悩んだ挙げ句、





やったね!ついでに





これまたやったね!なんつーか、段ボール便利!ただ、見た目がとんでもなくだっせえけど。
まあとにかくこれで気になる部分2カ所はなんとか解決。あともうひとつ、パソコンラックの下については、もうきっぱりあきらめることにした。最強に危ないけど。そもそもエレクターを使っているので目張りがしにくい。それにその他と違って奥まで手が届くので、こまめに監視しといて潜り込んだときはすぐさまひきずり出しゃいい。とにもかくにもこれで準備は整った。

えっくし


それにしても、やっぱりくしゃみが治まらない。激しくくしゃみしすぎてその度床に頭をぶつけている。普段階下の住人に気を遣い終始摺り足で生活している僕ら夫婦であるが、これでは「上でタップダンスのレッスンが始まった」と管理会社にねじ込まれるのも時間のうちだ。「おまえの掃除が悪い」「あんたの煙草のせいや」。昨日と同じようなやり取り。言い争いにしびれを切らした僕は、チンを狙って体重を十二分に乗せた左ストレート。それにすかさずカウンターを乗せてくる奥さん。両者相討ちノックダウンのまま日が暮れた頃同時に眼を覚まし、「とりあえず明日も続くようならペットショップに相談しよう」ということで話がついた。

ホーム・スイート・ホームその2


昨日からのくしゃみが気にかかるので念入りに掃除機をかけ、最後の部屋チェック。パソコンラックの下を除いて潜れるところは全部目張り済み。イタチが眼を覚ましたところを見計らって、ケージのドアを開け放す。突然の状況の変化に慌て…ることなく寝ぼけ顔のまま出口の方へ向かうイタチ。固唾を飲んで見守る僕たち。「イタチ」と「僕たち」の絶妙なライミング。ドアに前脚をかけたまま多少逡巡したのち、イタチはゆっくりと部屋へと一歩を踏み出した。そこでまずは部屋のパトロール。床をくんかくんかしながらのそのそと部屋の隅々を歩き回るイタチ。「安心するまでほっとくこと」となんかで読んだ気がするので、僕たちも見守るだけで手を出さない。
しばらくすると多少部屋になれてきたのか動きが俊敏になってきた。やはり隅っこが好きでずっとうろうろしてるし、隙間を見つければ潜りたがってかりかり前脚でひっかいている。カーテンにはじゃれつき布的なものは咬もうとする。そしてやっぱり恐れていた事態が。一瞬目を離した隙にパソコンラックの下に潜り込んでしまったのだ。僕は慌てて床に這いつくばり、下をのぞいた。イタチは奥に丸まってきょとんとした顔でこっちを見ている。…む、無邪気な顔しやがって…!幸いコードに咬みついたりはしていないようだ。僕はすぐさま手を伸ばしてひきずりだそうとするが…ものの見事に咬みつかれた。昨日の今日ということもあるが、そもそも僕は動物に咬まれることに馴れていない。多少の恐怖心が芽生える。だが奥に潜ったままコードを咬むと、イタチ自身が危ない。僕は恐怖心を押さえながら、「デイライト」のスタローンのテイでイタチの救出を続行することにした。再度手を伸ばす。また咬みつかれる。もう一度。やっぱり咬みつかれる。ここで僕はあることに気付いた。あんま痛くない。牙だけに痛いことは痛いんだけど、そんな痛くない。なーんだ。急に気分が落ち着いたので、咬みつかれながらも首根っこをつかんで引きずり出した。わはは。僕の圧倒的大勝利。


驚いたのは、わざわざトイレをしにいちいちケージ備え付けのトイレまで戻ることだ。ケージの外に出すことで部屋のあちこちの隅にイタチの糞が落ちているという憂慮すべき事態も想定していたのだが、このイタチに限ってはそういうことはなさそうだ。誰が教えたわけでもないのになんて頭のいいイタチでしょう。英語で言えば「What a smart animal this イタチ is!」である。ホーミーで言えば「う゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」である。


結局1時間ほど外をうろうろしたのち、イタチは自分からケージに戻っていった。エサを食べ水を飲むと床に敷いてあるハンモックの下に(!)潜り込み、体を丸めるとそのままうとうと。僕らはそっとケージの扉を閉め、こうして「爆笑!イタチ外出大作戦 新春1時間スペシャル」は大成功のうちに幕を閉じたのだった。予想視聴率11.5%。

ホーム・スイート・ホーム


家に帰り着いても仔フェレはまだ箱から出せない。まずは住環境を整えてやらねば。箱の中できゅうきゅう啼いている仔フェレを気にしつつケージの組み立て。
僕はもともと組み立て式家具が3度の飯より好きで、電動ドライバーでビスをぎゅるぎゅる留める行為に喜びを見出すタイプなのだ。このケージも組み立て式。胸が高鳴りテンションがあがる。仔フェレがいくら啼いてようが、「おうおうおうしゃらくせいやい。ちったぁ黙っていやがれぃ!」と初代続いた江戸っ子の血が騒ぐ。むやみやたらと「ちくしょうめ」「べらんめい」などと悪態をつきつつ、多少の試行錯誤があったにもかかわらず10分程度でケージ完成。…やっぱでかいな。まず置き場所をなんとかしなくちゃ。
事前の知識によると「テレビの前などうるさい場所は避けましょう」とのことだったのだけど、今のところ狭い我が家でケージを置く場所はテレビの前(真正面ではないが)付近にしかない。その旨B'z稲葉に相談したところ、「そんなに気にするほどでもないですよ」とのことだったので、やはり予定通りそこに置くことにする。
ケージの中に敷物とトイレ(砂敷き詰め済み)を設置し、天井からハンモックを吊す。隅にはエサ皿。生後3ヶ月くらいまではフードをお湯でふやかしたものがよいということで、それを皿の中に。側面には水を満たしたウォーターボトルをセットし、これで完成。ついでにおもちゃも転がしといてやれ。
そして、ここで、やっと、いよいよ、箱を開けることにする。おそるおそる蓋を開くと、下からのぞくのは警戒心丸出しの顔。「背中側から前脚の下をつかむように持つ」とのことで、そーっと手を伸ばす。背後の気配を察知したのか急に振り向く仔フェレ。手を引っ込める僕。頃合いを見計らってまた手をそーっと伸ばす僕。やっぱり気付いて警戒する仔フェレ。手を伸ばす、振り向く、手を伸ばす、振り向く、手を伸ばす、振り向く…って、もうやってられっかーい!僕はとうとうしびれを切らし、強引に仔フェレをつかんだ。きゃつは当然ながら大暴れ。首を伸ばして掴んでる人差し指をがぶり。「あたたたたた咬んでる咬んでるあたたたたた」僕は仔フェレをつかんだまま慌ててケージまで走り、やっとのことでケージの中に放り込んだ。
初めてのケージの中で仔フェレは落ち着かない様子。隅から隅まで臭いを嗅いでまわっている。僕と奥さんはそんな仔フェレの様子を、二人してケージの前で腹這いになって見つめる。なんだかやたらとくしゃみをしている。僕たちは腹這いのまま、「この部屋ほこりっぽいんちゃうか?ちゃんと掃除せえ!」「アホか!あんたの煙草のせいや!」と予期せぬ夫婦喧嘩。
それにしても、仔フェレはいくら見ていても飽きない。ときおり見つめる僕たちに気付いてこっちを見遣る顔が愛らしい。僕たちは食事も忘れてその一挙一投足を眺め続けた。空が薄暗くなる頃、仔フェレは周囲をひとしきり嗅ぎ回り終わり、やっと落ち着いたみたいだ。置いてあるエサに口を付け始めた。興奮して腹が減ったのか、凄い勢いで食べてる。少し安心。水も飲み方を教えないのに飲んでる。いちばん心配していたトイレも、一発目から迷うことなくトイレの隅に成功。すごい。おまえ頭いいな。僕らが躾することなんてなんにもないじゃないか。
ただ、「フェレットはハンモックが大好き」らしいのに、吊してあるハンモックにびたいち目もくれないのが気にかかる。もしかしたらこの子フェレは「リズム感のない黒人」「相撲の弱いモンゴル人」「辛いもの嫌いの韓国人」と同じく、世にも珍しい「ハンモック嫌いなフェレット」なのだろうか。と心配しながらしばらく眺めているうちに疑問は氷解した。あ、こいつまだ後ろ脚で立てねんじゃん。だいいちハンモックに手届かねえじゃん。わはは。こりゃあおじさん一本抜かれたなぁ!苦労して吊したハンモックをいそいそと外し、床に敷いてみる。すると仔フェレはハンモックのポケットに警戒しつつずりずりと入っていき、中でしばらくごそごそしたのちいつしか眠りに落ちた。
もともとフェレットという生き物は、一日の4分の3は眠っているらしい。いったん眠っちゃったらしばらくは目覚めないだろう。


夜が更けてもまだ仔フェレは目覚めない。僕たちは話し合った末、暖房はつけっぱなし、そのうえでケージに毛布をかけて眠ることにした。布団に入ったあと奥さんが独り言のように「かわいいなあ。飼ってよかったなあ」と何度も言うので、僕も「飼ってよかったなあ」と思いながら眠りに落ちた。


そんなわけで、



…あ、どうもはじめまして。イタチです。

買い物するには金かかる


これでお迎え(ペットを買って家に帰ることを「お迎えする」って言うんだな。知らなかった)する仔も決まったということで、次にペット用品をいろいろ。フェレットワールドでは初めてフェレットを飼うひとのために最低限のものがセットとして販売されている。言うまでもなくそれを選び、あとは細々したもの。以下その買い物のすべて。長いですけど畳みません。

  • サークルケージ 19,000円
    • これがなくては話にならないケージ。事前に想像してたのよりはひとまわり大きいかな。
  • 消臭マット 4,179円
    • ケージの底に敷く布。
  • エスタデーズ ニュース 1,950円
    • 長らく「インディーズ最後の大物」と呼ばれてきたがこのたび満を持してメジャーデビューしたバンド…じゃなくてトイレの砂。6.8㎏もある。
  • ハイバックリターパン 3,990円
    • 小難しい名前がついてるけど、ただのトイレ。万が一のためにかなり大きめを選んだ。
  • アニマルポケット 2,940円
    • フェレットが潜って遊ぶハンモック。ケージに吊しておくもの。冬なのでダルメシアン柄のファー生地にした。
  • ウォーターボトルフラット 903円
    • 給水道具。
  • 犬用陶食器 630円
    • エサ皿。本当に犬用なので、骨柄。
  • トイレスコップ 504円
    • トイレ砂のためのスコップ。
  • ニュートリ・スタット 1,890円
    • フェレット用おやつ兼サプリ。僕でもサプリなんか摂ってないのに生意気だ。


以上が「はじめてセット」。それぞれいくつかの種類の中から好きな色やデザインのものを選べるようになってる。セット価格でだいたい3万弱。それにしてもペット用品のデザインって、パステルカラーとかいやにファンシーすぎるのばっか。もうちょいクールな感じのやつはないのかなあ。ペットにとっちゃデザインなんか知ったこっちゃないだろうから、これはつまり「ペット飼うひと=ファンシー好き=(このかんなんやかやあって)=ヤンキー気質」ということでよろしいか?そう理解したぞ。
次はその他必要なもの。

  • アダルトフォーミュラー 2,310円
    • これがメインのエサ。やっぱ食べないと死んじゃうしね。
  • プレミアムF 829円
    • これはメインのエサと混ぜて食べさせる補助食品。これで水も合わせると一汁二菜である。
  • バーブラシ 1,100円
    • これは毛並みを整えたり抜け毛を取るためのブラシ。ちなみに人間様(僕)のブラシは100円ショップで買いました。
  • ネイルクリッパー 1,659円
    • 爪切り。かなり鋭いので1週間に1回は爪を切らなきゃいけないらしい。ちなみに人間様(僕)の爪切りも100円ショップで買いました。
  • ケージ用マット 2,200円
    • 換えのマット。ちなみに人間様(僕)のマットはさすがに100円ショップで買ってない。
  • アクアコール 100円
    • 水に混ぜて飲みやすくさせるもの。「念のため」とB'z稲葉が言うので「念のため」と思った。
  • プレーリーボールじゃらし 819円
    • これはいわゆる猫じゃらし。
  • フライングピッグ 504円
    • これは奥さんが「かーわーいーいー」と言って買ったゴムのブタのおもちゃ。こののち2日で耳を噛みちぎられてその短い生涯を終えるなど、この時誰が予想し得ただろう。
  • ノルバサンイヤークリーナー 1,890円
    • 耳掃除用の薬。耳に汚れがたまりやすいので、爪切りと同様1〜2週間に1回は耳掃除が必要。


以上。そして仔フェレが36,540円で、合計76,740円。高いと言えば高いけど、犬買うよりは初期投資はかなり安いんじゃないかしらん。
関係ないけど、小物を見て回るために仔フェレをいったんお店のケージに戻したのだけど、僕たちに対してははきはきしていたB'z稲葉の口調が、仔フェレに対しては急に赤ちゃん言葉に変貌するのが無性に面白かった。

さあ出発だ 今 陽が昇る 希望の光両手につかみ


やっと買い物も終わり、フェレットを飼うための細々とした説明に。買い物中の商品説明も含めてB'z稲葉の説明はとても懇切丁寧で、こちらの質問にもはきはきと答えてくれる。商品ひとつ選ぶにしても、「こっちは高いですけどこの安い方でもぜんぜん問題ないですよ」などと常に客側に立ってもらっている。当初「やっぱショーバイなんだし無闇に高い方薦めてくんじゃねーの?」などと穿った見方をしていた自分を深く恥じた。
ただ、ただ、ただ説明が懇切丁寧すぎるために、その話は自然と長くなりがちである。ここで、エアコンの利いた店内でニット帽・N-3Bをがっちり着込んでいた僕の体に徐々に異変が起き始めた。


「…あ、暑い」


フェレットは暑さに弱い」とのことだが、僕もフェレットに負けず劣らず暑さには弱いのだ。爪切り・耳掃除のやり方の説明を聞く頃には、ニット帽の中は汗びっしょり髪の毛ぺったり、背中を大量の汗が伝い落ち、メガネは曇り、ついに意識は朦朧。説明を聞くのを奥さんに丸投げし、冷気を求めて店外へ避難する始末。
一服しながら外から店を眺めてみる。青空広がる3連休の中日とはいえ、店を訪れるひとがあとを絶たない。
店に戻り、ペット用の保険の説明を聞く。肝心なのは幼体の頃とのことなので、とりあえず最初の3ヶ月だけ入ってみる。3ヶ月過ぎたら継続するかどうかを含めていろいろ調べてみなくちゃ。
会計も滞りなく終わり、店を出ることに。仔フェレはちょうどケーキを持ち帰るときのような紙箱に入れられた。ケージは店の外に置いてあるらしい。ここでB'z稲葉が心配そうな顔で、


「どうやってお帰りですか?」
「(…は?)えーと、バスで中野まで行ってそっから電車です」
「だいじょうぶですか?」
「(なにゆうとんねん。こちとら日本人やっちゅうねんバスも電車も乗れるっちゅうねん。日本語しゃべれるっちゅうねん)えー、だいじょぶですよー」
「…そうですか…」


とりあえず奥さんに仔フェレのはいった箱と細々したものをもたせ、僕はエサとトイレ砂の入った袋を持った。


「(重っ!)」


振り返るとB'z稲葉がにこにこして手を振っている。いいひとだ。僕は軽くお辞儀をして、わざわざ持ち手をつけてもらったケージの箱を持ち上げた。


「(おおおおおおお重っ!)」


やばい。これははんぱない重さだ。片手にエサと砂、片手にケージ。彼が「だいじょうぶですか?」と言ったのはこのことだったのか!背筋を一筋焦りの汗が伝い落ちる。家まで僕の腕はちぎれずに保ってくれるだろうか。振り返るとB'z稲葉はまだにこにこしながら僕たちに手を振っている。「これ洒落ならん」と奥さんにはこっそり耳打ちしたものの、「だいじょぶですよー」と言ってしまった手前B'z稲葉には弱みを見せられない。僕はもう一度軽くお辞儀をし、彼が店へと戻って姿を消した瞬間タクシーを拾った。
店を出た頃はおとなしかったのだが、タクシーに乗って早稲田通りを過ぎた頃から仔フェレが箱の中で暴れ始めた。今まではケージの中でのんびり過ごしてきたため、やはり狭くて外が見えない箱の中が馴れないのだろう、きゅうきゅう啼いたり箱の壁をがりがりひっかいている。車の揺れも気になるんだろうか。僕も奥さんもどう対処すればよいかわからず、二人ともただ「ごめんね、ごめんね」と言いながら箱をなでさすり続けるばかり。
中野駅に着きJRに乗る。改札からホームに登るだけで、ケージの重さとその箱の大きさに一苦労。ホームで電車を待っている間、奥さんは仔フェレの入った箱を胸にしっかり抱いていた。
電車に乗っても仔フェレの暴れはおさまらない。奥さんを空いている席に座らせ、今度は僕が仔フェレの箱を持った。座っているより立っている方が電車の揺れが箱に伝わらないだろうと思ったからだ。休日とはいえは車内はそんなに混雑していない。でもやはり仔フェレが啼く声や箱をひっかく音は聞こえるのか、周囲のひとの目線を時折感じる。買い物中にB'z稲葉にキャリーを薦められ、それを「まだいいです」と断ったのを今さらながら後悔する。キャリーの中で暴れる動物と、ケーキ箱の中で暴れるフェレット、見た感じどちらが哀れに思われるだろう。なんだか僕たちの動物に対する愛情まで周囲に推し量られている気持ちになって、いたたまれない。仔フェレが大騒ぎする音がやけに大きく感じる。「早く駅に着いてくれ」とだけ強く念じる。
最寄り駅まで行くのは精神的・肉体的に無理と判断し、途中で下車、そこからまたタクシー。やっとのことで帰宅。