HAND MADE 家族 feat.奥さん


イタチがやってきてからというもの、毎晩のようにナニカが宅配便で届くようになった。それはフードだったりトイレ砂だったりハンモックだったりおもちゃだったり、つまり毎日々々ネット通販でなにかしらイタチグッズを買っているのだ。このままでは、いくら僕の年収が2億円あろうと我が家の財政が早々に破綻するのは目に見えている。たとえば僕の顧問弁護士に相談したとして、


「で、自己破産の理由は?」
「…実は、イタチグッズの買いすぎで…」


そんなことかっこわるくて言えるかボケ。というわけで、自分たちでできるものはなるべく手作りするようにしようということになった。とはいえ、フードやトイレ砂などを手作りするにはそれなりの化学知識及び工場を経営する必要がありそうなので、もっぱら雑貨的なものに限られてしまうのだけど。
そんなある日奥さんが「嫁入り道具として持ってきた」というミシンを押入の奥から引っ張り出してきた。ハンモックや、ケージの底に敷くマットを作るのだそうだ。ミシンなんてものが家にあったことすら僕は知らなかったのだけど、わざわざ嫁入り道具として持ってきたなんて、彼女にはもともと裁縫の趣味でもあったんだろうか。初耳である。不思議に思って聞いてみると、「そんな趣味まったくない。中学の時の雑巾作るって宿題も、全部母親にやってもらった。今だから言うけど」とのこと。ワケガワカラナイ。それならなぜミシンなんてかさばるものを狭い我が家に持ってきたのか。ミシンにしたってイタチを飼うことでやっと陽の目を見たわけで、もし飼っていなければいつまでも押入の奥にしまったままだったのか。ミシンの存在意義ってなにかね?ワケガワカラナイ。あと「今だから言うけど」の意味がびたいち分からない。それはそもそも僕じゃなくて中学時代の家庭科の先生に言うべきことじゃないのか。マッタクワケガワカラナイ。いろいろ問い詰めたい気持ちはやまやまなのだけど、あまり責めると逆ギレするので、僕はなにも言わずにただ「ふぅん」と答えておいた。
翌日、僕たちはユザワヤで布の端切れを大量に購入してきた。奥さんの「ディース。エン、ディース」という言葉に従うまま布をカゴに入れていると、いつのまにか両手一杯の荷物になってしまったのだ。まさに「端切れ界のマイケル・ジャクソン」状態である。もしくは「端切れ界のプリティー・ウーマン」。僕は「いくらなんでも買いすぎじゃ…」と内心思ったのだけど、奥さんが鼻息ふんがーになっているのでなにも言わずに黙って従っておいた。かつて若かりし頃はそのキレ加減から「刃こぼれしたジャックナイフ」との異名を取っていた僕も、奥さんとの結婚生活でいつしか忍耐強くなってきたようだ。
家に着くやいなや着替えもそこそこに奥さんはハンモック制作に取りかかった。まずは糸と針をミシンにセットしなくちゃならないらしい。僕は心の中で「そっから始めんのかい!」とベタにツッコんでおいた。見ていると、説明書を読みながらも悪戦苦闘しているようだ。ときたま「…あれ…?これは…違うな…」などとつぶやいている。1時間経過。目が血走っている。「これを…これを…」と何度も口走る。そして終始口が半開き。2時間経過。頭からほのかに湯気が立ち上っている。もちろん口は半開きのまま。なぜか周囲に端のひきちぎれた糸くずが散乱している。そして開始から3時間経過。奥さんは突然「きしゃぁぁぁ!」と奇声を上げて立ち上がり、そのまま振り返りもせず寝室へ一目散に走り込んだ。僕はその後ろ姿を見送り、ふと残されたミシンに目を移すと、針どころかミシン全体に糸が絡まっている。僕は、小学生の頃雑誌の付録に付いてきた、蚕の繭を思いだした。

Stinky Vice


 イタチを飼ううえで当初危惧していたのは、実はその「臭い」である。大阪でイタチの実物に初めて触れた際、とにかく気になったのはその臭いだったのだ。まず「てめぇは臭せーっ!ゲロ以下の臭いがぷんぷんするぜェッ! こんな悪(ワル)には出会ったことがねえほどになァァッ!!! イタチは生まれついての悪だァァッ!」と思い、そして「えっ、マジで?これドッキリ?」。次に「いやいやムリムリムリムリマジでマジでカンベンしてくださいよタモさ〜ん。リアルで」。最後に「じゃあ誰が飼う?」「(手を挙げて)じゃあ俺」「(手を挙げて)いや、僕が」「(渋々)そんなら私が」「(全員で)どーぞどーぞ」となり、ショージキこの臭いじゃ飼うの無理・・・きゃも・・・!と思っていた。で、1週間が経ち臭いはどんなもんかと言うと、やっぱ臭い。最初に嗅いだ臭いほどではないが、「イタチ臭」はどう見積もってもそれなりに臭い。仕事から帰ってくると部屋中にイタチ臭が漂っている。ただ、馴れもあるのだろう、不思議なことにそんなに不快には思わない。つーか、このごろでは結構いい臭いにさえ思えてきた。今ではあえて「ムスク」と呼びたいくらいだ。ただ、ウチに来る客はおしなべてもれなく「この家臭せえ」と思うのだろうなあ。彼らの記憶には「ドル美の家は臭い」という一文が刺青のように刷り込まれるのだろうなあ。それはそれで不本意だし納得いかない話ではあることだなあ。だからあえて言っておく。ウチは始終空気清浄機をつけているので、少なくともデパート1F化粧品売り場よりは臭くないはずですよ。

1週間経って冷静にイタチの一日をおはようからおやすみまで見つめてみた


朝:こちらが目が覚ますと、物音を感知したのか眼は覚ましている。ただしまだ寝ぼけている。外に出すと寝ぼけたままでしばらくふらふらしている。手を出して構ってやると急に眼を覚ましておおはしゃぎし始める。僕があぐらをかいている時、いったん後ずさりしたのち前脚を広げてももに飛びかかってくるのが得意技。そのときの擬音は「しゃぁ〜!」。あまりはしゃぎすぎると甘咬みから本咬みになるので、そのたびごとに首根っこひっつかまえて怒る。怒ると部屋の隅の方に逃げ込んでしばらくうじうじしているが、すぐに戻ってきて腹の上に乗ってきたりスウェットの中に潜り込んだりしてくる。だいたい1時間ほどで活動限界が訪れ、少し食事を摂ってからまた寝る。


昼:とりあえずずーっと寝てる。たまに寝言を言う。


夜:テケトーに目を覚ますが、まだ寝ぼけている。外に出すと寝ぼけたままでしばらくふらふらしている。手を出して構ってやると急に眼を覚ましておおはしゃぎし始める。僕があぐらをかいている時、いったん後ずさりしたのち前脚を広げてももに飛びかかってくるのが得意技。そのときの擬音は「しゃぁ〜!」。あまりはしゃぎすぎると甘咬みから本咬みになるので、そのたびごとに首根っこひっつかまえて怒る。怒ると部屋の隅の方に逃げ込んでしばらくうじうじしているが、すぐに戻ってきて腹の上に乗ってきたりスウェットの中に潜り込んだりしてくる。だいたい1時間ほどで活動限界が訪れ、少し食事を摂ってからまた寝る。2時間ほど寝てまたテケトーに目を覚ますが、まだ寝ぼけている。外に出すと寝ぼけたままでしばらくふらふらしている。手を出して構ってやると急に眼を覚ましておおはしゃぎし始める。僕があぐらをかいている時、いったん後ずさりしたのち前脚を広げてももに飛びかかってくるのが得意技。そのときの擬音は「しゃぁ〜!」。あまりはしゃぎすぎると甘咬みから本咬みになるので、そのたびごとに首根っこひっつかまえて怒る。怒ると部屋の隅の方に逃げ込んでしばらくうじうじしているが、すぐに戻ってきて腹の上に乗ってきたりスウェットの中に潜り込んだりしてくる。だいたい1時間ほどで活動限界が訪れ、少し食事を摂ってからまた寝る。

「身を美しくする」と書いて、それすなわち「けんちゃんラーメンしょうゆ味」と読む……わけねえだろバカ


↑のように、僕はイタチに対してかなり厳しく躾けている。咬んでくるのも、これが甘咬みなのか乳歯が抜ける=歯が痒いのかはびたいち見当つかないのだが、とにかく「人間咬んだらあかん!いじめかっこわるい!」という考えをその性根に刻み込むためにあえて厳しくしている。いくらきゅうきゅう啼こうが咬みついたらすぐさま首根っこひっつかまえて、「なにしとんじゃおら!」と関西弁丸出しで怒り鼻っ柱を指でぴんぴん弾く。「なんで咬むんじゃアホボケコラカス」とか平気で言う。なにしろ最初が肝心だしね。ところがそんな僕にくらべて奥さんはアマアマすぎるので困る。せっかく僕が「おっさん舐めたらエラい目あうで。おっさんときたらおまえの思う2.5倍のでっかいうんこするで。いろんな意味でごっつ怖いで」ということを教え込もうとしているのに、なにかとゆうと「まだ子供やから」や「まだ子供やから」、時には「まだ子供やから」と言い訳して甘やかすのである。エサにしても、僕はそろそろ固いエサにも馴れるべきと考えてなるたけ水分少な目にしているのに、奥さんは例によって「まだ子供やから」と言いながら水びたびたにしてしまう。見ると「火垂るの墓」の節子でさえ「けっ」と吐き捨てて後ろ足で砂をかけるほどのエサである。普通ならエサに少量の水分を加えてふやけた感じにするのだが、奥さんの作るエサときたら、水分が多すぎて、まるでお湯にエサが浮いているという具合である。これではただ単にコーンポタージュとちょっと多めのクルトンではないか。今後もこのようなエサが続くようなら、イタチだって僕に「イタチ、うんこびちびちやねん」と訴えかねない。まったく憂慮すべき状況である。僕もこの状況はさすがに見かねて奥さんには厳重に注意することにし、ついでに春のセンバツは出場自粛を要請しておいた。かように、イタチの躾同様、僕は奥さんに対しても高野連並みに裁定が厳しいのだ。

フル・イタチ・ジャケット


わたしがおまえの訓練教官の獅子ドル美先任軍曹である!
話しかけられたとき以外は口を開くな!
口でクソたれる前と後に“サー”と言え!
分かったか、イタチ!



























Sir,Yes Sir!


貴様のようなイタチが俺の訓練に生き残れたら―――
おまえは従順になる! 安息に祈りを捧げるイタチ教の司祭だ!
その日まではウジ虫だ! 地球上で最下等の生命体だ!


貴様らは人間ではない !あたりまえだ!
両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!


貴様は厳しい俺を嫌う!
だが憎めば、それだけ学ぶ!
俺は厳しいが公平だ! 動物差別は許さん!
犬、猫、イタチを、俺は見下さん!
すべて―――


平等に価値がない!


俺の使命は役立たずを刈り取ることだ!
愛する家族内の害虫を!


分かったか、イタチ!



Sir,Yes Sir!


ふざけるな! 大声だせ!



Sir,Yes Sir!


…タヌキ顔、名前は?



イタチ二等兵です、サー!


ふざけるな! 本日より「延長コード」二等兵と呼ぶ!
いい名前だろ、気に入ったか?



Sir,Yes Sir!


その胸クソ悪い甘咬みをやめろ!「延長コード」!



Sir,Yes Sir!


早く顔面に伝えろ!



頑張ってます、サー!


「延長コード」、三秒やる!
三秒だ、マヌケ!
甘咬みを続ける気なら目玉えぐって頭ガイ骨でファックしてやる!
1! 2! 3!



できません、サー!


ふざけるな! ひざまづけ、クズ肉!
自ら首根っこをつまめ!
俺の手を使え、ボケ!
誰が手を引っ張れと言った? ドアホ!
自ら首根っこをつまめ!
咬むのをやめたくなったか?



Sir,Yes Sir!


ふざけるな! 聞こえんぞ!



Sir,Yes Sir!


大声だせ!タマ落としたか!去勢済みか!臭腺除去済みか!



Sir,Yes Sir!


よし、起立!
ケツの穴を引き締めろ!
ダイヤのクソをひねり出せ!
でもトイレ以外では絶対にするな!
さもないとクソ地獄だ!



Sir,Yes Sir!


よし「延長コード」!行進だ!

♪人から聞いた話では
エスキモーのイタチは冷凍イタチ
うん よし
感じよし
具合よし
すべてよし
味よし
すげえよし
おまえによし
俺によし

なまえを「つけてくれ」と思ったり「つけてやる」と思ったり


ところでイタチは僕が勝手に「イタチ」と呼んでいるだけで、実はちゃんとした名前をもっている。この名前は奥さんが飼う前から決めていた名前で、実は不満なのである。なぜなら僕の意見がびたいち反映されていないから。僕としては「名前」だけでなくて「名字+名前」にしたかったのだけど、なぜか僕の提案した名前はちくいち奥さんに却下されてしまった。なぜなんだろう?ちなみに僕の提案した名前は、

  • 細 長男(ホソ・ナガオ):細長いから
  • 隙間 はいり(スキマ・ハイリ):隙間に入るから。「はいり」という名前は言うまでもなくインスパイアド・バイ・片桐はいり。これなら「かもめ食堂」好きの奥さんのハートもがっちり!
  • 姫 肇(ヒメ・ハジメ):意味は特にないが語感から。正月だしね。
  • みつまJAPAN(ミツマ・ジャパン):たしかそんな名前の芸人がいた気がする。
  • Mr.ボールド(ミスター・ボールド):たしかそんな名前の芸人がいた気がする。
  • アンラッキー後藤(アンラッキー・ゴトウ):たしかそんな名前の芸人がいた気がする。
  • 臭腺(シュウ・セン):「台湾の美人プロゴルファー」気分で。

などなど。ほかにも知恵振り絞って全部で2〜30個くらい考えたのに、それが全部却下とはひどすぎる。そんな奥さんなんて19歳なのに40過ぎのスナックのママみたいに見える加藤ミリヤみたいに、不自然なほど年齢不相応なヴィジュアルになったったらええと思った。

はじるす


3連休は終わった。僕たちはとても貧乏な夫婦なので、今日からは二人して働かなければならない。貧乏すぎて本来ならフェレットなんて飼ってる余裕などないのだ。いつもおなかぺこぺこである。そして二人して働くということはつまり、イタチは今日初めて部屋で独りぽっちになるということだ。それも夜まで。大変だ。そのせいで朝から僕たちは慌ただしく動き回った。いつもの朝の用意に加え、なんたって今日からはイタチの世話と心配もしなくちゃならないのだから。
たいていいつも僕の方が奥さんより早く起きるのだが、朝眼を覚ましてリビングへ行くと、暗闇の中でやっぱりイタチは起きていた。無邪気な顔をして僕の顔を見上げている。擬音で言うと「きゅろ〜ん☆」である。いや、「ぴきゅ〜ん☆」か。違うやっぱ「ぎゅぼわぁ〜んぬぐぅ☆」でひとつ。僕はイタチに「おはよう」と一声かけ、そしてケージの扉を開けてイタチを外に出した。イタチはもう躊躇することなくケージを駆け出ていく。そして僕はその隙を狙い、奥さんの目が覚めないうちにトイレの掃除をし、エサをふやかし、水を換えておいた。これは朝なにかと(主に顔面建設工事と、あとたまに新春シャンソンショーで)忙しい奥さんのために、その(主に新春シャンソンショーの)作業負担をなるべく軽くしてやろうとする僕の親切心からのことである。僕のこういう心優しい佇まいはいつかどこかから表彰されると確信している。僕が起きてから30分ほど経ち、わずかばかりの疲労感と心地よい達成感とともに一杯の日本茶を楽しんでいると、いつものように奥さんがのそのそ起きだしてきた。ところが驚いたことに、僕に朝の挨拶もせず、また作業の礼も言わず、イタチを見つけるやいなや甘い声を上げて戯れ始めたではないか!この夫を完璧に無視するそのサマに軽く殺意が芽生えるが、僕はその思いを必死に押し殺す。なぜならそれもこれもイタチがかわいいせいだ。奥さんを責めるわけにはいかない。僕はそう考え、奥歯を食いしばって耐えた。僕のこういう忍耐強い佇まいもいつかどこかから表彰されると確信している。蛇足だが、起き抜けの奥さんの顔は文字通り起き抜けのラブラドールの仔犬のそれにそっくりであり、両者が戯れる光景はまさにイタチと仔犬のじゃれ合い、いやむしろイタチvsラブラドールといった様相を呈していた。
朝の準備は滞りなく終わり、いよいよ出勤する時間が来た。イタチは朝の運動も終わったのか、ケージに戻り丸くなってうとうとしている。ここで出勤前の最後のチェック。「ごはん!」多め!「水!」たっぷり!「トイレ!」もう1回やっちゃってる!「マジで!?」うん。「片づけて!」はいっ!いきなりのやり直し。トイレをそそくさと片づけ2回目のチェック。「ごはん!」多め!「水!」たっぷり!「トイレ!」きれい!「暖房!」つけっぱ!「イタチ!」寝てる!「オゲ!」オゲ!
ここで予期せぬトラブル発生。オッケーサインを出したにもかかわらず、奥さんがケージの前にしゃがみこんだままなかなか立ち上がろうとしない。イタチの寝顔を見ながら「かわいいなあ…。仕事行きたくないなあ…」とうわごとのように繰り返し呟いている。いかん。このままでは危険だ。目が虚ろになっているではないか。僕は急いで奥さんの胸倉をつかむと頬を張った。「アホか!しゃんとせぇっ!」奥さんは4度目の往復びんた(「復」の方)でやっと自分を取り戻した。「…はっ、仕事行かな…」そして僕たちは家を出た。照英が僕たちの後ろ髪を力任せに引っ張っていた。






ちなみに乗った電車はいつもより2本遅れのものだった。